『六王権』より全世界に最終宣告が成されてしばし経つ。

最初こそ混乱し騒然としたが、徐々に落ち着き世間の注目は再び暴動や内乱に関心が移行しつつあった。

そんな中、士郎はバイトや大河の祝言準備の合間合間に『七星館』を訪れ志貴との鍛錬に勤しんでいた。

無論通常の鍛錬も行われるが、それとは別に志貴の戦いの勘を取り戻させるため、荒行も行われていた。

だが、その荒行の内容は今までのそれとは桁違いのものであったが。

五十二『十二月二十三日まで』

「覚悟できてるか?志貴」

そう言うのは固有世界『剣の王国(キングダム・オブ・ブレイド)』を展開し戦闘態勢に入った士郎。

「ああ、いつでも来い士郎」

そう言って相対するのは固有世界『死神達の楽園(パラダイス・オブ・プルートゥ)』を展開し、『七つ夜』を構える志貴。

グランスルグの『死羽の天幕』、オーテンロッゼの『霧中放浪(ミストロード)』を打ち消した固有世界同士だが、世界に認められたためなのか、お互いを飲み込まず世界を二分していた。

「これで三回目か・・・くどいようだが、気抜くなよ。いつも通り本気で行くからな」

そう言って傍らの剣を引き抜く。

「お互い様だ。士郎、何度も言うが、間違ってもこっちに足踏み入れるなよ。死ぬぞ本当に」

そう言って志貴も魔眼を解放する。

「行くぞ・・・猛り狂う雷神の鉄槌(ヴァジュラ)!!」

「来い!!」

互いの声が交差すると同時に士郎の王国から鉄槌が豪雨の様に降り注ぎ、志貴に襲い掛かる。

しかし、死神の領域に入った途端歪にひしゃげ、地面に叩きつけられる。

結局士郎の投じた鉄槌はその九割以上が命中する前に無力化され残りも志貴が殺した。

それと同時に自身の領域から飛び出すや士郎に一気に接近、士郎に『七つ夜』の白刃を襲わせる。

必殺の間合いに入った志貴だったが王の危機を察した剣軍が直ぐに士郎の護衛に入り、二人の間に剣の壁が聳え立つ。

「くっ!!合いも変わらず、防衛が速い!」

毒づきながらも志貴は突撃から後退にその動きをいち早く切り替える。

その動きは止まる事はない。

次から次へと王の命を狙う不届き者を誅さんと剣軍が豪雨の様に降り注ぐからだ。

少しでも動きを止めれば剣軍の串刺しにされるのは目に見えている。

「逃がさん!串刺城塞(ガズィクル・ベイ)」

対する士郎は逃さないとばかりに有効範囲としては最大規模の宝具を発動させる。

剣軍に加え、串刺城塞(ガズィクル・ベイ)の槍の猛攻、普通ならこれで十分に死ねる。

だが、志貴は良くも悪くも普通ではなかった。

合間合間を掻い潜り猛攻を全て回避、『死神達の楽園(パラダイス・オブ・プルートゥ)』の勢力圏まで退避した。

当然だがそこにも侵攻を試みる剣軍だったが、それら全ては死神の処断を受けてひしゃげ折れ曲がり地面に叩き付けられる。

その後も志貴が突撃を敢行して士郎が剣軍を駆使して迎え撃つ。

それを数回繰り返した所で二人は申し合わせたように固有世界を解除、お互い大きく息を吐いてへたり込んだ。

「志貴ちゃん」

そこに琥珀が駆け寄る。

「どうぞ士郎」

士郎にはシオンがスポーツドリンクを差し出す。

「ありがとうございますシオンさん」

一言謝辞を言ってからドリンクの入ったペットボトルを一気に飲み干す。

志貴と士郎二人の鍛錬は普通の鍛錬を行い、その合間合間に先程のような固有世界同士を展開させた上での鍛錬・・・いや荒行を五セット行っている。

通常は本気での切り結びであるが固有世界同士の激突の場合、基本志貴は攻撃、士郎は迎撃を主とする防衛を行い、志貴の戦闘の勘を取り戻させようとする。

しかし、志貴が相手の場合例えこれが鍛錬、迎撃でも気が抜けない。

『剣の王国(キングダム・オブ・ブレイド)』の防衛力を過信して油断すれば、その隙を突いて志貴は士郎の首を本気で取るに違いないのだから。

だが、それは志貴も同じ事、『剣の王国(キングダム・オブ・ブレイド)』の猛攻は全身の感覚を極限まで研ぎ澄まし回避に全神経を集中しなければ自分は肉塊になるだけだ。

だからこそ勘を取り戻すのに格好の内容となるわけだが。

また、それを傍目で見ている『七夫人』達は気が気ではない。

固有世界展開時には二人の姿を見る事は出来ない。

それゆえに不安になる、次に姿を現した時に見るのは志貴の死体ではないかとやきもきする。

出来れば止めさせたいだが、止めさせる事は出来ない。

『六王権』が定めた日まで、まもなく残り半月、時間は圧倒的に足りない。

足りないからこそこの様な無茶苦茶な鍛錬で戦闘の勘を取り戻そうと志貴は躍起になっている。

その甲斐もあってか驚異的速度で勘を取り戻しつつあるが、それでも負傷前にはまだ及ばない。

今のままでは志貴は『六王権』に殺される。

この『蒼黒戦争』を経て実戦経験をそれなりに積んできたからこそ判る。

余計な口は出せない、だけど止めたい。

そんなジレンマが『七夫人』全員にあった。

そんな思いを知ってか知らずか志貴と士郎は小休止を挟み今度は通常の鍛錬に移行しようとしていた。









志貴と士郎が来る最後の戦いに向けて可能な限り修練に励む一方、世界情勢は更なる混沌とパニックに追い込まれようとしていた。

そのきっかけはある殺人事件だった。

『蒼黒戦争』とは完全に無縁と誰もが思っていた南半球オーストラリア北西部にある小都市ダンピアにて反攻作戦が順調に推移していた十月、ある富豪一家が惨殺される事件が起こった。

そこまでであれば被害者には申し訳ないが極ありふれた、ただの殺人事件で済んだであろう。

しかし、本当の事件は此処からだった。

その日からその富豪の屋敷周辺の町や集落、主要道路を通行中のドライバー等が次々と死体、もしくは行方不明となる事件が多発、地元警察ですらお手上げの状態だった。

それを偶然ネットのニュースで見たエレイシアがもしやと思い、自ら、現地に赴き調査を開始、するとその屋敷近くの森林地帯で死者の一団を発見、これを殲滅に成功。

だが、そのエレイシアをもってしても眉を潜めるこの事件の本番はこれからだった。

死者の侵入経路を調べた結果、とんでもない事が判明した。

件の富豪に人身売買組織が性奴隷等の名目で何件もの人身売買が行われていた事が発覚、しかもその最新の売買記憶を辿るば売買の時期は『蒼黒戦争』の激戦期、『トライアングル・ウォーズ』直後と判明。

商品とされた人々が確保された場所はよりにもよって『アトラス院攻防戦』が行われたエジプトだった。

人身売買、そう言われても人の中にはまさかと思う者もいるだろう。

二十一世紀になり人権の意識は飛躍的に改善された。

そんな時代に人身売買なんて時代錯誤もいい所と蔑むものも当然だがいるだろう。

だが、時代がどれだけ進もうと、技術がどれだけ革新されたとしても、肝心の人そのものが飛躍的、もしくは革命的に変化または進化を遂げたと断言できる者はいない。

そうであるならば戦争や犯罪などとっくに死後となっている筈だ。

自然災害時、孤児となった子供達が多数行方不明となる事例が現在でも途上国を中心に決して少なくないと言う事実もある。

話が逸れたが、おそらく『六王権』軍が撤退し援軍がカイロに入る空白期間に、組織はエジプトに潜入、労働力として、または性奴隷を目的とした誘拐に着手、逃げる途中であった民間人に加え、意図しての事なのかそれとも極めて不幸な偶然なのか、あろう事か死者を誘拐、陸路や海路を使い彼らを売り捌いた。

その時、不運にも(自業自得とも言うかもしれないが)死者を購入した富豪は屋敷で一家諸共死者に殺され大半は新たな死者となった。

そして昼は屋敷の離れであったり、近くに偶然あった洞穴に身を潜ませ夜に次々と人に襲いかかっていた。

此処まで判明した時点でエレイシアは頭を抱えた。

『六王権』軍の死者が自分から移動するルートを潰す事にはまだ自信があった。

だが、この様な方法で死者が輸送された等思いも寄らなかった。

完全に想定外の出来事だ。

当然この一件で終わる筈はない。

そんなエレイシアの予測は時を置く事無く最悪な形となって現れる。

この事件を皮切りとして、世界各地・・・アメリカはもとより戦線から程遠い中南米、中国都市圏、そして日本でも死者によるものと思われる殺人事件が多発。

中でも最悪だったのは中国で起こった輸血を受けた患者が死者となって患者や医師に襲い掛かり、病院を死都ならぬ死病院にしてしまった事例。

(病院自体は入り口を軍が封鎖した後完全に焼却、更にその後爆破した)

どうやら正真正銘『人体』を商品として売り捌いていた輩がいたようだ。

この場合、臓器を売り捌くのが一般的であろうが、死者は生物的には完全に死んでいるので臓器自体は腐敗し使い物にならないので血を売ったと言う事か。

異様に臓器が腐敗している時点で異常と言う事に気づく筈なのに気付かなかった、いやおそらく気付いていてあえて出したとしか思えない。

幸い出現したのがまだ死者だけだから良い、しかしもしもその中で下級でも死徒がいでもしたらどうなる?

いくら真実は知らないとはいえ自分達さえよければ、金さえ手に入れば他人はどうなっても良い、『六王権』が誰よりも忌み嫌い憎悪した人類が抱く負の側面が露骨に惨たらしく出た結果となった。

尚後日談となるが、この非道を行った人身売買組織も無事ではすまなかった。

だが、それは法の下で裁かれた訳ではない。

終戦後調べて見ればそれらの組織は軒並み壊滅して、そこは死者の巣窟と化していた。

ほんの一握り生き残った者の話によるとある組織では売れ残りの子供に対して私的暴行を行っていたが、不運な事にその子供が死者だった為にまず暴行を働いていた男から死者の仲間入りとなり、後は鼠式に増えていき、命からがら脱出できた数名を除いて全員死者となった。

ある組織では売り捌く前の味見と称して女性に対する性的暴行を働こうとしたのだが、そこにいた女達は全て死者だった為に逆に貪り尽くされ、いち早く脱出した一人のみを残し全滅した。

余談をまだしばらく続ける。

この事件を受けて各国政府は教会の指導の下、死者は発見次第即座に射殺後焼却処分、もしくは完全に拘束後、流水もしくは海上に投棄ないし太陽の下に放置する方針を取った。

しかし、そんな必死の努力を無駄にする者達も現れる。

人権団体を称する人々である。

彼ら、彼女らは『死者も被害者だ、死者に対する虐殺行為、人権侵害を即座に止めろ』と一斉に各国政府に抗議を始める。

政府も必死に説得し理解を呼びかけたが、人間という生き物は理屈よりも感情の方が心に響くもの。

世論は死者の擁護に傾く事になる。

そうなれば世論を重視する民主政治の悪い面が出てくる。

すなわち政府も支持率の低下を恐れて死者の処分に二の足を踏むようになった。

それが更なる惨劇を有無とは知らずに。

それが起こったのは事が露見した翌週、舞台は日本。

ある人権団体が某所のテーマパークを丸ごと借りて死者の擁護を訴える集会を行った。

この集会では死者の擁護に加えて、露見のきっかけとなった人身売買撲滅、更にどういう関係があるか全く不明であるが、日本では未だに規制されていない児童ポルノの単純所持と児童への性的犯罪を誘発すると彼らが主張する創作物規制もあわせて訴えられていた。

冷静になって考えてみればおかしな話である。

人身売買撲滅まではまだ良い。

これがあったからこそ死者の犠牲者が世界規模で膨らみ続けてしまったのだし、人が人を一方的に商品として扱う、そのような事があっていい筈が無い。

しかし、これと単純所持がどのような繋がりがあるというのか全く判らない。

彼らは先進八ヶ国の中では日本とロシアだけが規制されていない、単純所持規制が国際世論だと声高々に主張する。

この声だけ見ると日本やロシアは野放し状態と誤解する者もいるだろう。

しかし、実際には日本も児童への性的虐待はすでに法律で禁止されているし、それの画像や映像の製造、提供も同様に禁止されている。

だが、彼らはそれでは不足だと言う。

現在、インターネットで画像映像が出回れば即座に全世界に知れ渡る、だからこそ単純所持が必要だと。

確かにそれはある一面の真実である。

事実、第三次倫敦攻防戦で華々しく登場したカレイド・エンジェルズ、彼女達の登場画像は世界的有名投稿サイトに載ってからと言うもの、アクセス数は四ヶ月で千万を軽く超えている。

だが、さほど時間を置かずに続けて投稿された、彼女達の悪魔の如き戦いぶりが投稿されてからは彼女達に言及する者はいなくなった。

このように情報の伝達速度と規模が大きい事は真実である。

しかし、それはあくまでも真実の一面、彼らは別の一面を見逃している。

いや、正確にはその一面を問題視しておらず軽視している。

冤罪と言う一面を。

実際、単純所持が規制されている国では児童ポルノの画像が特定個人を貶める為に使われている事例が後を絶たない。

しかし、彼らは子供を守る為には些細な事だと抗弁する。

無実であるなら裁判で明らかになると訴える。

しかし、その裁判で無罪を勝ち取るまでにどれ程の時間が掛かるだろうか。

そしてその間、冤罪を受けた者は子供への性犯罪者という汚名を背負わなくてはならなくなる。

いや、たとえ無罪を勝ち取ったとしても、その容疑で逮捕された時点でその汚名は生涯消える事は無い。

その時、その名誉の回復を彼らは率先して行うのだろうか?

ましてや創作物規制など論外だろう。

それを規制すれば子供への性犯罪は消滅するのだろうか甚だ疑問である。

話が大きく横道に逸れた事を謝罪する。

話を戻し、彼らの目的は死者の擁護よりも付属した単純所持規制と創作物規制にあった。

つまりは死者の事は完全に出汁にされた訳である。

この集会には様々な思惑で規制を推し進めようと画策する与野党問わぬ議員や警察関係者も出席していた。

彼らは集まった群集に知名度の高い芸能人を使い、理屈ではなく感情に訴え、死者の擁護と単純規制と創作物規制が連動しているように思い込ませる事に成功した。

そして事件は起こる。

この集会の最大の目玉として彼らはあろう事か子供の死者をつれて来ていた。

彼がどのような非道を受けてきたのか涙ながらに訴え、更にこの子供にも単純所持と創作物規制を訴えさせようとしたのである。

にこやかな表情で子供に話しかける男性司会者。

だが、当然だが、それに反応する訳が無い。

死者が行う事は唯一つ、親の死徒に力を送る事、ただそれだけ。

その為に血を啜り、仲間を増やす事のみである。

ましてや、この死者はここ数日血を摂取しておらず、かすかに残った生存本能からも血を欲していた。

その命令と本能に従い死者は司会者の首元に噛み付き、頚動脈を引き千切り迸る鮮血を飲み下す。

それを見た瞬間、誰も彼もそれを直ぐ把握する事は出来なかった。

現実を見ても理性が許容する事を拒絶しているのである。

だが、その血飛沫が最前列の群集の顔にかかり、血臭が漂い始めたときようやく時が動き始める。

あちこちで悲鳴が上がり、スタッフが慌てて引き離しに掛かる。

しかし、彼らも子供に加え新たに死者となった司会者に組み伏せられ血を貪られる。

スタッフの断末魔が止めとなり、群集は完全にパニックに陥った。

誰も彼もが押し合いへし合い、時には怒号が飛び交う中、必死に入り口に向って逃げる。

しかし、この時、第二の惨劇が幕を開けた。

逃げ惑う群集を遮るように死者が次々と姿を現す。

次々と右往左往する人々を捕らえ血を貪り、貪られ尽くされた者は次々と死者となる。

そしてこの狂騒劇は主催者達にも平等に降り注いだ。

惨劇を至近で目撃してしまった彼らの行動はある意味素早かったし生存本能に基づく正しい行動だったが、その行動は最低だった。

彼らは一目散に逃げ出したのだ。

本来であれば群集を先導し安全な場所に逃がさなければならないスタッフもそれに同調した。

スタッフやVIP専用の出入り口からいち早く脱出し、それぞれスタッフ用のバスや公用車や自家用車に乗り込み我先に逃げ出そうとした。

しかし、まずスタッフ用のバスで惨劇が引き起こされる。

既に運転手が死者と化していた車内はあっという間に死者に蹂躙される。

来賓の議員に警察関係者、芸能人達も同様だった。

マネージャーや秘書は全て死者と化していたのだから。

そして誘導する者も身をもって助ける者も無く、テーマパークは死都と化した。

この惨劇が誰にも知られる事なく行われていたら、このまま死者達は近隣の市町村に押し寄せ被害は更に膨れ上がっただろう。

しかし、幸か不幸か文明の利器がそれを未然に防いだ。

この集会の模様はインターネットで生中継されていたのだ。

あれ以来定期的にネットで情報調査に勤しんでいたエレイシアがそれを発見。

慌てて政府に緊急事態の旨を通告すると共に志貴に事態の収拾を依頼。

志貴も事の重大さを認識していたので直ぐにアルクェイド達や士郎を伴い現地に転移。

一気に全ての死者を殲滅に成功、被害の更なる拡大を防ぐ事に成功した。

だが、これによる犠牲者は桁違いだった。

この時、主催者発表でこの集会の参加者はおよそ千五百名、スタッフや来賓、VIPまで全て含めると千六百名近い。

その内無事が確認できたのは僅か三十名。

その三十名にしても、参加予定だったが諸事情で欠席したにすぎず、参加者は全滅と言う大惨事になったのである。

だが、更なる皮肉な事に、この事件をきっかけに世論がようやく死者の処分を認め始めた。

今までは死者だの被害を未然に防ぐと言っても所詮は遠い異国での話に過ぎず、極論すれば別世界の出来事としか見られず、身近の問題とは大多数の人々がそれを認識していなかった。

しかし、日本で起こったこの惨劇は異世界の出来事としか見ていなかった非日常が身近でも起こりえる事だと周囲がようやく認知したのだ。

中にはこの様な事件が起こる前に政府は何故手を打たなかったのかと詰問する声もあったが、これはあまりにも虫の良すぎる話であろう。

この惨劇が起こらなかったら今でも死者の擁護を求める声が大多数の筈なのだから。

ともかくもこの事件以降、死者による被害数は減少傾向に向かう事になった。









そして時は流れ、十二月二十三日、三日後には志貴と共に『闇千年城』に向う事になっている士郎はこの日、二月前ようやく完成した仮設の柳洞寺にいた。

そう、今日が大河と零観の祝言の日だった。

場所が場所なので祝言も仏前式を取り、紋付袴の新郎零観の隣に虎柄・・・のはずは当然無く(本人はそうしたかった様だが、周囲の反対で泣く泣く断念した)、純白の文金高島田に身を包んだ大河が並んで仏前にて祝言を粛々と進めていく。

それを親族と言う事で同席していた士郎の眼には光る物があった。

色々あったし、振り回された、苦労もさせられた。

だが、士郎にとって大河は家族だった。

あの大火災で本当の家族を失った士郎にとって切嗣が父ならば大河は母であり姉のような人だった。

その人が今日、結婚する。

それを祝福する思いと寂しさ、そんな複雑な思いが涙となって現れた。

だが、それもほんの一時、祝言も無事に終わり披露宴に入ると純粋に大河と零観を祝福した。

「藤ねえ、結婚おめでとう」

「うん、ありがとう士郎」

「零観さん、多分・・・いや確実に恐ろしく苦労すると思いますが藤ねえの事どうかよろしくお願いします」

「はっはっは、心配しなくても大丈夫。大河君が苦労をかけるのは判りきっているよ。士郎君よりは付き合いも長いのだし。それにそれ以上に大河君が魅力的な女性だと言う事も理解しているよ」

「ははっ、そうでしたね俺とは付き合いの年季が違いましたね」

「むーっ士郎も零ちゃんも酷い」

「いや藤ねえ、酷いも何も真実だろう。なんだったらここで藤ねえに苦労させられた事洗いざらい言っても良いんだぞ。勿論雷画爺さんも知らない事も含めて」

「わわわ!それ駄目!士郎!!そんなのおじいちゃんに知られたら披露宴がお説教の時間になっちゃうよ!」

「はっはっは、士郎君に一本取られましたな」

そんな楽しい時間も瞬く間に過ぎていく。

「衛宮、零観兄さんの為に色々と手伝ってくれて本当に助かった。ありがとう」

卒業と共に頭を丸め仏門の修行に入った一成が門まで見送る。

「今更水臭いだろう一成。それに俺にとっては藤ねえの結婚式の手伝いなんだ。手伝わない理由なんか無いさ。ましてや相手が零観さんなんだ、手伝わない方がどうかしてるさ」

「そうか、いやそうだな。しかし本当に泊まらなくても良いのか?部屋も十分にあるが」

「気持ちだけ受けとっておくよ。明日も朝から少し用があるし」

「そうか、そう言えば桜嬢はまたイギリスに行かれたそうだな」

「ああ、凛の事が心配らしくてな」

そう、学校が冬休みに入ったこの日、桜、メドゥーサ、カレンは凛達の援軍の為再びイギリスに舞い戻っている。

無論飛行機ではなく、メディアの転移によってだ。

「残念がっていたよ。藤ねえの結婚式に出席出来なくて」

そんなことを話し合っていると、

「まだいたんだ士郎」

当の大河がやって来た。

「藤ねえ?どうしたんだ?」

「ううん、一成君がまだ戻ってこないようだからまだ士郎と話し込んでいるのかなって思って」

「えっ?そんなに時間経っていた?ごめん」

「別に責めている訳じゃないわよ」

そう言ってから何故か口を噤む。

「??藤ねえ」

「あ、ううん、なんでもない。ほら士郎明日も朝から出掛けるんでしょ」

「あ、ああ・・・」

大河の様子に怪訝な表情を見せる士郎だったが、

「あ、それと明日も士郎の家にご飯食べに行くからね」

「おいこら、新妻になっても尚人の家に飯を食いに来るのか藤ねえ」

「だって士郎のご飯美味しいし、私が作るより断然上手いし」

「そこでどうして自分で作るという発想が出ないんだよ藤ねえは・・・」

「まあ良いではないか衛宮その方が藤村先生・・・いや義姉さんらしい」

「はあ・・・まあいいかどの道いつもの習慣で作りそうな気もするし」

「あ、それだったら零ちゃんの分も一緒にお願いね」

「零観さんまでたかるのか!!」

思わず士郎は叫び一成と大河は笑う。

「冗談よ士郎、私も料理に挑戦してみるから」

「そうしてくれ。いつか藤ねえの料理食べられるの楽しみにしてるよ」

「うん、じゃあおやすみ士郎」

「ああ、おやすみ藤ねえ、じゃあな一成」

そう言って士郎は柳洞寺を後にする。

「・・・」

「良かったのか大河?」

そんな大河の後ろから雷画が声をかける。

「うん、言おうとしたけど・・・やっぱり言えなかった。だって士郎、いつの間にか一人前の顔していたし。お姉ちゃんが何時までも口を挟んじゃ良くないって考え直して・・・」

「そりゃお前の眼が正しい。ったく何時の間にあんな眼が出来るようになったのか・・・士郎坊のあの眼、まぎれもねえ男の眼だ、あの時の切嗣の野郎と同じ眼だ」

「うん・・・でもやっぱり寂しいな。ずっと手の掛かる弟の様に思っていたんだけど・・・一人前になったんだ・・・」

「独り立ちするときは必ずあるもんだ。それ今だった。それだけの事だ」

そう言う、雷画と大河の眼は小さくなりつつある士郎の背中を静かに見つめていた。

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